FC2ブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。






--/--|スポンサー広告||TOP↑
少し日数が開きましたが、前記事の続きです。

第2戦のホークス投手陣のグダグダぶり、打線のしめりっぷりに、
「ダイエーは工藤、秋山、大道だけ。これでは中日には勝てない」という世間の見方がますます強くなりました。第3戦中継の解説である中日OBの小松氏の口調は「ダイエーは中日の敵ではない」という感じ。
ダイエー元監督の田淵氏はやや慎重な発言。(よく喋ってはいましたが^^)

ただ、この日の先発投手・永井智浩、翌日の先発投手・星野順治の2人の2年目10勝投手については、おそらくパ・リーグを知らない人には不気味な存在だったかもしれません。
永井の立ち上がりは最悪のように見えました。このシリーズ当たっていない1・2番は打ち取ったものの、3・4番は連続四球。「永井、お前もか・・・」と誰もが思ったことでしょう。
しかし続く5番立浪をフォークボールで三振。これで乗ってきた永井は、以降6回までノーヒットの快投を繰り広げます。
2対0のダイエーリードで迎えた7回表、1アウト1・3塁のチャンスの場面で打順が永井にまわってきたところで、王監督はノーヒット・ピッチングの永井に代打・大道を告げ、中日のルーキー・岩瀬から四球で満塁、続く秋山はサードゴロに仕留められるも、その打球を、やはり中日ルーキーの福留がエラー、追加点を奪います。

ここで好投の永井を下げても、この年の勝利の方程式は磐石でした。
まず永井、星野と同様2年目のセットアッパー篠原貴行と、この年入団の抑えのぺドラザ。
特に篠原は、中継ぎ登板だけで14勝をあげて松坂と最多勝を争い、最多勝こそ逃したものの最高勝率のタイトルを獲得するという奇跡的な記録を作りました。
この2人が期待通りのピッチングで完封リレーを完成。一方の打線はさらに2点を追加し5得点で勝利しました。(篠原投手は今期オフ、戦力外通告を受けました。残念です。)

小松氏と田淵氏の口調の逆転ぶりも面白かったです。終盤の小松氏は相当イライラしていたようです。
この日代打で鳥越裕介(前年まで中日在籍)が登場したときには、
「(鳥越の移籍は)良い移籍でしたね。中日に居たら出れませんでしたからね」
という嫌味まで飛び出していました。

第2戦の終了後に星野監督が、投げ込まれたダイエーのメガホンを蹴飛ばしていたと前記事に書きましたが、この試合後には、中日のメガホンを蹴飛ばしているダイエーの選手とコーチの姿がありました(笑)


第3戦の話ばかりになりましたが、第4戦目の星野投手も無失点、やはり勝利の方程式で完封リレーです。
ダイエーが日本一に王手をかけます。
第5戦では第2戦でも登板した佐久本が先発、1回裏に中日に1点先制されるも、3回表には6得点というビッグイニング。ここにきてようやく本来のバッティングを見せ始めた中日にジワジワと詰め寄られるものの、やはり勝利の方程式で逃げ切り、ダイエーとして初の日本一でこのシーズンを締めくくりました。


このシリーズが始まる前に、工藤や城島は「中日の関川が要注意」だと度々口にしていました。
このシーズンの関川は、チームのリードオフマンとして縦横の活躍を見せていました。
「ダイエーの勝敗は、この関川を抑えられるかどうかにかかっている」
ダイエー・バッテリーは徹底的に関川をマークしました。
そして第1戦で工藤が関川を完璧に抑え、しかもこの時のピッチングが関川のバッティングを狂わせたと言われています。この後このシリーズでの関川は、第4戦までノーヒット。第5戦でようやくヒットが出ますが、時既に遅し。

関川に限らず、シリーズ通して中日の打線が不調に終わったのは、工藤のピッチングによる影響かもしれません。(第2戦の大敗は、中日打線の爆発というよりはダイエー投手陣の自滅)
第1戦の勝利監督インタビューで、王監督が言ったセリフ、
「開幕戦にはうちは工藤しかいない。期待以上のピッチングをしてくれた」
このセリフの本当の意味は、全試合が終わって初めてわかったような気がしました。

今回の動画は第3戦より2シーン。秋山選手のスーパーキャッチ、松中選手の珍しいバント。










スポンサーサイト
11/05|YouTubeで振り返る過去のホークス||トラックバック(0)TOP↑
世間のプロ野球ファンは日本シリーズで盛り上がっていますが、私はダイエーとして初めての日本シリーズとなった1999年の日本シリーズを振り返りたいと思います。(勿論今年の日本シリーズもしっかり観てはいますが)

1999年日本シリーズ、ダイエー対中日、あれからもう10年も経つのか。
ある意味、あの頃の日本シリーズは、その新鮮さから今以上に注目されていたような気がします。
昔は「人気のセ、実力のパ」とか言われていましたが、今では「人気」の部分でも、必ずしもセ・リーグの方が上とは言えなくなってきているような気がします。
当時の地上波のテレビ中継といえば巨人戦をはじめとするセ・リーグばかり、パ・リーグの試合中継はほとんどローカル局に限られていました。
10年前のあの頃は、イチローやこの年プロ入りした松坂のお陰でパ・リーグの注目度も上がっていたとは言え、まだまだ一般の認知度は低かったように思います。

しかし今では地上波中継は巨人戦も滅多に観られなくなり、逆にパ・リーグの試合は、Yahoo!動画で無料で全試合が観戦できるという時代。
徐々にセ・パ間の人気度も差がなくなってきているのではないでしょうか。
さらには「交流戦」もありますからね。パ・リーグの選手の認知度も相当高くなってきていると思います。
ただその分日本シリーズの新鮮味という意味では、あの頃より魅力が下がっているのではないでしょうか。


1999年の日本シリーズは、私にとっては記念すべきシリーズですので、全試合録画して保存してあります。
今回随分久し振りに全試合を観戦してみました。

あの時のダイエーは、セ・リーグファンにとって不気味な存在だったようです。
それはとりもなおさず、当時のパ・リーグの認知度の低さからくるものですが、ファンだけではなくプロの解説者にとっても同じのようでした。それは試合の解説の口調にもあらわれていました。
一部の人を除き、「こいつらダイエーの事ほとんど知らないな」と思わせる内容でしたね。

セ・リーグでは中日が圧倒的な強さを見せつけた年でした。あの巨人ですら歯が立たなかった。
一方ダイエーは前々年までは「万年Bクラス」と呼ばれ続け、前年に辛うじてAクラス入り、
「今年の優勝はマグレみたいなものだろう」と考えられているような風潮がありました。
「あの強い中日に、ダイエーのようなわけのわからないチームが勝てるわけがない」という論調でした。

しかし蓋を開けると初戦は工藤の完投完封、しかも日本シリーズ記録となる13奪三振。
まぁ、工藤は西武時代の実績もあるベテラン投手だし、この時点では「ベテランにあれだけの投球をされれば仕方がない」という見方だったかもしれません。
2戦目は先発投手・若田部の四球連発の大乱調、代わる投手代わる投手がことごとく四球、四球。中日の先発・川上は終始落ち着いた投球。
当然のごとくダイエーの大差負け。
前日の試合でトーンダウンした解説者も徐々に舌好調。面白いほど「やはりダイエーなんてこんなもんだよ」みたいな口調に変わっていきました。
オマケに試合後、調子に乗った星野監督は「(声援の凄い福岡ドーム)こんな所には戻ってきたくない。名古屋で決めてしまいます」
さらにはグラウンド内に投げ込まれたダイエーのメガホンを蹴飛ばす姿は相当の顰蹙をかいました。


長文になりますので、記事を改めます。続きに興味がおありでしたら、次の投稿をご覧下さい。

動画は1999年日本シリーズ初戦、工藤公康の全13奪三振です。











11/01|YouTubeで振り返る過去のホークス||トラックバック(0)TOP↑
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
2011年カレンダー

杉内俊哉



本多雄一



川崎宗則

ダルビッシュ推奨!

ツイッターでダルビッシュ投手が推奨しているプロテインです。
DNSのプロテイン「ジープラス」最高です


ツイッターでダルビッシュ投手が紹介しているミネラル・サプリメントです。
寝る前に飲むサプリ「ZMA」。めちゃ大事です。
30代にもチャンスあり!
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。